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2012年 01月 30日
平成24年1月25日、政経倶楽部千葉支部例会で、林英臣政経塾塾長・林英臣先生のご講演で勉強させていただきました。テーマは「経営と人生を見つめよう、2012年は覚悟の年となる!」。示唆に富むお話でしたので、共有(シェア)したく、ブログにまとめてみました。なお、文章は私(長谷川)の記憶によるもので、大意であることを予めお断りしておきます。 --- 2020年までは我慢の年。誰が何をやっても苦しい。乗り切るには原点=種を見つめること。「そもそも」の後に続く言葉が原点につながる。何度も見つめて「原点の原点の原点」にたどり着ければ、揺るぎないものになる。 日本の原点と、文明の大局(世界はどう動くか)。これらを自分に落とし込む。明治なら、日本の国是を担った会社が伸びた。それは、社会が求めている会社だからだ。 米軍が沖縄からオーストラリアのダーウィンに退くのは、吉本新喜劇の池乃めだか氏のようなもの(注・池乃氏は威勢のいい言葉を言いながら、後ずさりをする芸を持つ)。 文明は「交代期」に入った。欧米は衰退してゆく。G6(先進6カ国)からG20になったのが、その表れ。 実力が同じなら、大局を見ている方が勝つ。揺るぎない原点があれば、鬼に金棒。 3年は我慢してみる。我慢のためには、夢や希望が必要。それを書き出すリーダーがもっと必要。 2010年から文明の転換期に入ったが、この時代はパターン化できる。すなわち「廃屋、解体、地ならし、基礎、柱立て」。 大河ドラマの「平清盛」を例にとると、廃屋=平安の世、解体=保元・平治の乱、地ならし=清盛の世(一時の覇者)、基礎=源平の戦い、柱立て=鎌倉幕府。 清盛は天下を取ったが理念はなく、旧体制を真似た。頼朝には「武家政治」という理念があった。遷都や貞永式目(御成敗式目)がその表れ。 現代では2012年から15年の3年間が「地ならし」の大切な時で、我慢の時でもある。そして群雄割拠が始まる。20年には「柱立て」が始まる。 --- (感想) 「廃屋、解体、地ならし、基礎、柱立て」に、目から鱗が落ちました。歴史は好きで、何十冊も本を読んできましたが、ここまで分かりやすい言葉はなかったです。 現代なら、廃屋=戦後体制、解体=民主党政権獲得、地ならし=維新の会など地域政党、となるのでしょう。ただし、「基礎」に「源平の戦い」があったように、もう一波乱あるかもしれません。 たとえどんな時代になろうとも、「原点」を見つめ直すことで困難を乗り切れると確信できました。さらには、皇室のない諸外国なら、権力争いに歯止めが掛からず、どれほど凄まじい世になるか想像しただけでも恐ろしく思います。 しかし、源平の世も現代も、皇室という一本の軸が日本にあるという事実が不安を解消します。日本に皇室がある幸せを改めて思い起こしました。 2012年 01月 17日
@aborebus フォローありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします。 むなしいお小遣い稼ぎ・・・。RT @pik: 福島県地域の土地を買うために書かせてるとかね。■1記事500円「出来るだけ、放射能は怖いと思えるような文章でお願いします」という記事作成依頼の存在が発覚 - GIGAZINE http://gigazine.net/news/20120114-radioactivity-report/ 私の友人が参加している劇団の活動が、千葉日報に取り上げられました! RT アマ劇団がオリジナル演劇 豊かさ、道徳観を表現 習志野鷺沼小 | ちばとぴ ちばの耳より情報満載 千葉日報ウェブ http://www.chibanippo.co.jp/c/news/local/67028 2011年 11月 28日
平成23年11月23日(祝) 先日、香澄公園のキャンプ広場で行われた、習志野市国際交流協会主催のふれあい祭りをお手伝いしてきました。外国人の方も多く参加していました。 私は習志野青年会議所の有志と共に、綿あめ作りやスーパーボールすくいのお手伝いをしてきました。どちらも1回50円の格安で楽しめます。谷津から参加している人もいました。楽しくてお財布に優しいお祭りでした。 チーバくんも参加。 ![]() (綿あめ機の画像は理事長ブログより引用) ![]() ![]() 2011年 11月 25日
平成23年11月13日(4日目・最終日) 今日は国吉氏と長谷川の2人で、糸満市の洞窟内にあった野戦病院にて、ご遺骨をお迎え(遺骨収集)をしました。 2人で掘り起こしたのは、昨日と同じ場所でした。国吉氏が熊手で石交じりの土砂を崩してバケツに入れ、長谷川がそれを他の場所に捨てるという作業を午前中いっぱい繰り返しました。午後は2人で大きな石をどかしながら深く掘り下げました。 その結果、ご遺骨の一部(写真左下隅)とご遺留品をお迎えすることができました。黒くなっていのは、火炎放射器が使われたからです。 ![]() 洞窟の様子。 ![]() この日は私にとって沖縄滞在最終日なので、国吉氏のご好意で沖縄を代表する大きなお墓に案内していただきました。 ![]() 氏によると、沖縄のお墓は女性の下腹部を表しているそうです。つまり、左右の石積みは足、灰色の屋根はお腹、中央の扉は「出入口」。死者はこの世に出る前にいた、母親のお腹の中に戻るということを意味しています。 沖縄独特の宗教かと質問したら、「仏教」だそうです。浄土真宗でも日蓮宗でもない、独特の仏教が沖縄にありました。 敷地内にあった注意書き。 ![]() ウチカビとは、 > 打ち紙と書く。あの世のお金。燃やしてあの世の祖先へ送る。藁をおもな原料としている。黄土色の紙の全面に銭型が打ちうけられている。シーミー(清明祭)、旧盆のウークイに燃やされる 沖縄大百科 Weblio辞書 「お金を燃やしてあの世に送る」というのは、私の知る限り日本の仏教にはありません。以前、台湾に旅行したとき、お供え用の「札束」を見たことがありますが、南方独特の仏教なのでしょうか。 石碑にあった年号「康煕二十三年」。康熙(こうき)は、清の元号です。当時は、清との関係が深かったことが伺われます。 ![]() 沖縄は独特の文化あり、特に食文化や宗教が本州とは違っています。が、祖先を大切にして、「おもてなしの心」を持つ、日本人であることには変わりありません。 国吉氏は50年以上前からご英霊のご遺骨をお迎えしていました。10月から2月まで、年間120日以上も掘り起こし作業に没頭されているそうです。 長谷川は今年初めて、しかもたった4日間だけでした。また来年も沖縄に来て、放置されれているご遺骨をお迎えにあがることを誓い、那覇空港から地元に帰りました。 (完) 2011年 11月 24日
平成23年11月12日(3日目) 今日も昨日と同じ場所、糸満市の洞窟内にある野戦病院でご遺骨をお迎え(遺骨収集)をしました。参加者は、国吉氏、行田市議・柿沼貴志氏、長年活動している渡邉拓氏、日野市議・古賀壮志氏、登山家の方、長谷川に加え、浜松市議・新村和弘氏、自民党沖縄第一選挙区支部長・國場幸之助氏と秘書の方も参加してくださりました。新村・國場両氏も、林英臣政経塾の一員です。 私が担当したのは1日目と同じ所で、ひたすら掘り起こす作業でした。この場所は、以前落盤で大きな石がゴロゴロしていましたが、大人数のお陰で、みるうちに土砂が取り除かれていきました。 しかし、この日はご遺骨をお迎えできませんでした。その代わりか、指揮刀を掘り起こすことができました。長い年月の間、地中にあったせいか刀身と鞘が錆で一体化していました。改めて、長い年月の間、ご英霊を放置していたことを実感しました。 ![]() ![]() 2011年 11月 20日
平成23年11月11日(2日目) 今日も、糸満市の洞窟内にある野戦病院でご遺骨をお迎え(遺骨収集)をしました。参加者は、国吉氏、荒川区議・小坂英二氏、行田市議・柿沼貴志氏、長年活動している渡邉拓氏、長谷川に加え、日野市議・古賀壮志氏も参加してくださりました。古賀氏も林英臣政経塾の一員です。 古賀氏と長谷川が担当した場所は、前日に渡邉氏がご遺骨を発見した所で、私らもご遺骨を掘り出しました。 ![]() ![]() 長い間、放置したことをご英霊にお詫びすると共に、感謝とご冥福を祈りました。また、付近からは黒く焼けたボタンが出てきました。国吉氏によると、軍服のボタンだそうです。 午後からは同じ洞窟内で別の箇所を掘り返したものの、ご遺骨を発見することはできませんでした。残念でしたが、明日頑張ります。 ![]() 2011年 11月 18日
平成23年11月10日(1日目) 今年で戦後66年になりますが、いまだに沖縄ではご英霊のご遺骨が放置されています。海外で、仕方なく手をつけずにいるのではありません。私も今まで放置してきたことを恥じて、林英臣政経塾の有志と共に、沖縄に行ってご英霊のご遺骨をお迎え(遺骨収集)しました。 案内をして頂いたのは、50年以上もご遺骨やご遺品、遺留品を掘り出している、国吉勇氏です。国吉氏は掘り出された砲弾や遺留品を、事務所の一角に備えた「戦争資料館」に展示して、当時の戦争の凄まじさを現代に生きる私たちに伝えてくださりました。 ![]() ![]() ![]() 今回掘り起こす場所は、糸満市の洞窟内にある野戦病院でした。現場に到着すると、ご英霊のご遺族がお参りに来ていました。今までどこで最期を迎えられたのか不明だったのが、国吉氏が掘り出した万年筆に名前が書いてあったので、分かったそうです。私もご遺族が作った祭壇に手を合わせました。 ![]() ![]() 国吉氏の他にも、荒川区議・小坂英二氏、行田市議・柿沼貴志氏、長年活動している渡邉拓氏、登山家の方が共に参加してくださりました。 洞窟内は水滴が落ちてくるため、雨合羽を着込んで作業しました。洞窟内は蒸し暑く、しかも暗闇の中でヘッドライトの明かりを頼りに手作業で掘り起こすので、効率が悪かったです。休憩のため外に出ると、ペットボトルの水がすごい速さでなくなりました。 小石交じりの土を中腰で掘り起こしていくうちに、腰を痛めてしまいました。この日は、小坂氏がご遺骨の一部と手榴弾と火炎放射器で焼かれた木片を掘り起こしてくれました。 ![]() ![]() 小坂氏と共に。 ![]() 2011年 11月 06日
先人の苦労に感謝 ![]() 今日は千葉大学の学園祭で行われた、前杉並区長・山田宏先生の講演を聞きに行きました(写真がぼけていてすみません)。一番印象に残ったお話があります。 「戦後間もない頃、ある銀行員がスイスに派遣された。そうしたら地元の人から『東洋人が来ると町が汚くなる』と言われた。その銀行員は通勤の際には袋を持ち、ゴミが落ちていると拾って街をきれいにした。そうやって差別されても頑張っていた人々のお陰で、今の日本がある」。 学園祭では、模擬店で美味しいものを食べることが出来て、音楽やダンスも楽しめます。そんな今の暮らしが出来るのは、今の人々のお陰ではなく、先人の苦労があるからです。そのことに、気づかされた1日でした。 改めて、先人達に感謝しました。 もう1枚の写真で小さくポツポツとあるのは、工学部のデザインチーム「cuad」が作った糸電話のコップです。多人数とお話が出来るそうですが、私が試したらライブの爆音で聞こえませんでした・・・。それでも、風に揺れてい動いている様子は、現代美術の作品に見えました。 ![]() 2011年 08月 29日
8月28日(日)、 習志野青年会議所(JC)有志と共に、「福島県の子供達と遊ぶボランティア」に行ってきました。 本来はJCのイベントで、他の団体は地元の名産品を福島の方々に配ることになっていました。しかし習志野JCは、コマ回しという伝統的で電気を使わない遊びを一緒に遊ぶことで、「子供達の笑顔を取り戻す」ことにしました。 ![]() 当日の朝5時集合、現地クリスタルパーク石川で10:30に開会と言うきついスケジュールでしたが、無事に会場設営もできました。と佐倉JCの有志も駆けつけてくださりました。 会場の様子です。 ![]() コマ回しの様子です。 ![]() 千葉県から強力な助っ人、チーバ君も駆けつけてくれました。福島でも子供達に喜ばれていました。 ![]() 中には上手にコマをまわせず、ふてくされてしまった子供もいましたが、多くはコマを回せて喜んでくれました。プレゼントできたコマは、300個にもなりました。 閉会のときに、福島県の方が「福島は安全、福島県民は元気、このことを皆様の地元の方々に伝えてください」という趣旨のスピーチをされました。今日のイベントで、私も元気を頂けました。「自粛」はもう終わりにして、「活動」をすることで福島県民も他の地域の人々も未来が開けると実感した1日でした。 2011年 08月 15日
ご無沙汰しています。更新を休んでいて済みませんでした。 先日「英霊に感謝し、ご冥福を祈る」ため、靖国神社に参拝してきました。 ![]() 続いて、付属宝物館の「遊就館(ゆうしゅうかん)」へ。 ![]() 圧巻だったのは、英霊の遺書です。読んですすり泣く女性が数名いらっしゃいました。また、達筆かつ難しい漢字も使われていて、教養の高さをうかがえました。「日本の戦前=悪」と考えている方々に、ぜひご覧になって頂きたいものです。 靖国神社を出て、弥生慰霊堂へ。 弥生慰霊堂(やよい いれいどう)は東京都千代田区の北の丸公園にある慰霊施設。かつては弥生神社・弥生廟と言った。警視庁及び東京消防庁の殉職者を祀る。ここでも、殉職された方々に感謝し、ご冥福を祈りました。 写真の通り、震災の被害を受けていました。 ![]() 灯篭も倒れています。 ![]() はっきり言って、弥生慰霊堂は人気がなく、寂しいところです。祀られている方々が忘れ去られることがないよう、多くの人に参拝して頂ければ幸いです。 弥生慰霊堂の地図です。 ![]() |
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