提言(平成24年4月)

【はじめに】

 習志野市は交通、特に鉄道の便が良く(JR総武線、JR京葉線、京成本線、京成千葉線、新京成)、成田空港や羽田空港も等距離で使いやすいなど、住みやすい町です。

 一方全国では、少子高齢化→人口減少→税収減少→行政サービスの劣化→人口減少→(繰り返し)という流れがあります。限られた予算の中では「交通」という強みを十二分に生かし、住民から選ばれる街・習志野市になってゆくことが必要です。

【コミュニティバスの拡充!】

 高齢者の、車による交通事故は深刻な問題です。運転免許を返上すれば事故だけではなく、経済的にも維持費軽減できます。しかしながら、高齢者が運転免許を返上した場合、お店まで満足に買い物に行けない「買い物弱者」になる恐れがあります。

 そこで、今あるコミュニティバスをさらに使いやすくすることで、安心して免許を返上できる環境作りを提案致します。

 現在のバラバラで覚えにくいバスの出発時間を、等間隔にパターン化すれば、使いやすく覚えやすくなり、さらにはお店のセールに間に合うように予定も立てられます。
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 路線を大きくする。そうすると「歩くのより遅くなる」心配がありますが、コミュニティバスは本来、車が運転できない人のためにあります。

 現在、利用者と市が運賃を出し合っているので「赤字」ということになっています。しかしそれは、高齢者が免許を手放すための「費用」とも言えるのではないでしょうか。

【公共施設の充実!】

 「集約化」の名のもと、図書館など市民に必要な施設が削られ、「中央図書館」の計画も、宙に浮いてしまいました。
 いくら施設を集約しても、そこまでに行く「足」がなければ、利用できません。また、交通費は市民の負担になりますので、実質的な「値上げ」でもあります。

 身近な所にあっての公共施設です。減築(建物を小さくリフォームすること。耐震性が高まる。)などで、既存の施設を長く使い続けることを提言致します。

【障害者の自立支援!】

 駅に立って挨拶していると、車いすや杖を使いながら通勤・通学する方を見掛けます。障害に屈することなく、自立している姿には心を打たれます。
 障害の程度に応じて、市からタクシー券が送られますが、500円の券を月5枚、年60枚以内となっています。

参考:障がい者福祉タクシー利用助成 習志野市ホームページ

 障害者の自立支援のために、さらなるタクシー券の増加を市に要求します。

【駅前の分煙を徹底化!】

 現在の駅前では「歩きたばこ禁止」になっています。そのため、歩かなければ、駅出入口の人通りの多いところでも、たばこを吸うことができます。
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 そこで、 駅前では禁煙を徹底し、煙が広がらない喫煙所を設置する事を提案します。

【議員定数削減!】

 「船頭多くして、船、山を登る」という諺があります。昨年の市議会では、議員定数削減に関して4議席・2議席削減と、削減反対に意見が分かれ、結局何も決まらずに定数は変わりませんでした。意見がありすぎると、かえって決められないという一例ではないでしょうか。

【大音量を出す車(いわゆる選挙カー)は使いません!】

 政治家が、自らの意見を広く世に知らしめるのは、当然のことです(かつて、私も使ったことがありました)。しかし、夜勤明けで朝に寝る人もいらっしゃいます。また、その車の限られた活動期間中は、法律上では音量に規制がありません。

 その点を考え、今回は大音量を出す車を使わないことにしました。 
 さらには、ウグイス嬢、運転手、レンタカー代には、税金から補助金が出ます。これも、以前は頂いていましたが、今回は使わずに済みます。

【事務所もないです】

 よく知人から「事務所はどこに構えたのか」と聞かれます。私の地元は団地が多く、事務所に適した空き店舗が見つからなかったので、事務所は構えないことにしました。

【党員でもない無所属】

たとえ政党に籍があり、党から公認や推薦を受けていても、選管に届けなけれは無所属と名乗っても問題はありません。しかし、私はどこの政党にも籍がない無所属です。
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# by hacchi2007 | 2015-04-01 12:55 | 意見

靖国神社と弥生慰霊堂に参拝しました

昨年の12月ですが、靖国神社と弥生慰霊堂に参拝してきました。靖国神社は説明不要でしょうが、弥生慰霊堂は、元々は戦前に殉職された警視庁や東京消防庁の職員をお祀りした神社でした。戦後は「政教分離」と言うことで「慰霊堂」になりました。

靖国神社では、正月に向けて全国から贈られた日本酒が飾られていました。
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参拝すると、身が引き締まります。
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お守りを売っている所で『英霊の言乃葉(6)』を購入しました。ご英霊の遺書が載せられています。

「特攻出撃に際して」 海軍少尉 茂木 三郎 命 (19歳)

 遺言(昭和二十年三月、母への言葉)

 僕はもう、お母さんの顔を見られなくなるかもしれない。
 
 お母さん、よく顔を見せてください。
 
 しかし、僕は何んにも「カタミ」を残したくないんです。
 
 十年も二十年も過ぎてから「カタミ」を見てお母さんを泣かせるからです。
 
 お母さん、僕が郡山を去る日、自分の家の上空を飛びます。
 
 それが僕の別れのあいさつです。

(引用元 靖國神社社務所『英霊の言乃葉(6)』17~18頁)


続いて、日本武道館の近くにある、弥生慰霊堂に向かいました。以前お参りしたときには、震災で壊れて放置されていた石灯篭が、新しいものに交換されています。
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殉職された職員を「ご英霊」と呼ぶかは分かりませんが、靖国神社と変わらない想いで、参拝してきました。目立たない所にあるため、寂しい雰囲気です。この拙文をご覧の方々も、ご参拝頂けたら幸いです。
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# by hacchi2007 | 2013-01-19 18:17 | 意見

台湾旅行2012・その5(故宮博物館、エバー航空のキティちゃん祭り)

【8/7(火)】

今日は台湾旅行最終日。朝食は、ホテル近くの喫茶店のような、定食屋のような店で取った。午前中は、地下鉄とバスを乗り継いで、故宮博物館に行くことにした。
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捷運(地下鉄)構内にある、無線通信無料の表示。日本よりもサービスが進んでいると実感した。
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故宮博物館の外観。
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内部は撮影不可なので、写真はなし。作品は、故宮博物館のウェブを参照のこと。

前から見ていて気が付いていたが、象牙細工などの作品には作者名がなく、書や水墨画には作者名が入っている。日本と違い、支那ではどんなに優れた作品を作っても、工芸職人が「どうでもいい」扱いを受けていた表れではないだろうか。

バスで台北火站(駅)まで戻り、そこで昼食を取る予定だったが、どこも満席。食事は松山機場(空港)ですることにして、新光三越の地下でお土産を買った。ここは日本語が通じるのと、サービスがいい。大き目の袋も快く出してくれるし、沢山買い物をすると、日本で言う消費税が帰ってくることも教えてくれた。ただし、我々の買い物では、返ってこなかったが・・・。

台湾に来るときは、成田空港から桃園国際機場に入ったが、帰りは台北近郊の松山機場から羽田空港に入る。我々が「空港オタク」だからではなく、できるだけ安い料金でチケットを探していたら、こうなってしまった。
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捷運で松山機場に到着し、チェックイン。昼食はスジ肉がとろける牛肉麺。
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一休みしていたら、小さな女の子が「キティちゃん!」と叫んでいた。日本人の子供かと思っていたら、親は北京語らしき言葉を話していたので、そうではないらしい。もはや世界の共通語になった「キティちゃん」。

以下、エバー航空の「キティちゃん祭り」。
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無事に羽田空港に到着。リムジンバスに乗り、無事に地元に着いた。一緒に旅行した友人も、満足してくれた。自分も今回初めて、台湾東側の礁渓に行くことができた。また何度も訪れて、新しい台湾を発見したくなった旅だった。

(完)
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# by hacchi2007 | 2012-10-24 21:54 | 旅行

台湾旅行2012・その4(台湾新幹線、台南)

【8/6(月)】

朝食は、外で取ることにした。散歩がてらにあちこち歩いて、中山站近くの「台北牛乳大王」で、コーヒーとサンドウィッチとパパイヤミルクを注文。店員がコーヒーを勧めてくるので頼んだら、セットでコーヒーが付いていたので、2杯も出てきた。1杯は友人にあげた。
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今日は友人のリクエスト「台湾新幹線全線制覇」に応える。ということで、高鐵台北站に乗り込んだ。窓口は在来線の台北火站の中にあるが、係員は最初から日本語のできる人だった。
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元々、台湾新幹線は台北~高雄間を結ぶ計画だった。しかし、開業時までに間に合わず、高雄の手前の「新左營」で止まっている。

新左營站で駅弁やお土産を買った。お土産を買うにはまだ早すぎるが、日本語のできる店員さんとおしゃべりしているうちに、何となく買ってしまった。
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在来線で台南に向かう。台南は「台湾の京都」と言われるほど歴史的な建造物がある。

まずは台南車站。日本統治時代に作られた駅舎が、今も使われている。
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「定番」の赤嵌樓。
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建物内に「羽鳥又男」氏の銅像があった。元台南市長で、台南の発展のために働いたそうだ。
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バスで「体育公園」に行き、そこから歩いて「五妃廟」に向かう。友人が「明滅亡の地」と言っていたが、言われてみればその通りだ。

明朝最後の王、寧靖王は清軍に追われ、鄭成功と共に台湾へやってきてからも抵抗を続けていました。しかし情勢は厳しく、1683年澎湖が敗れたことを機に、寧靖王は殉死を決意。その際に5人のお妃達(袁氏、王氏、秀姑、梅姐、荷姐)には生き延びるように伝えたのですが、お妃達は皆、寧靖王と生死を共にすることを選び、なんと王に先立って自決をしてしまったのです。悲しみにくれた寧靖王は、彼女たちの遺体を南門城外の魁斗山へ自ら埋葬すると、後を追うように命を絶ちました。

旅々台北【台南 五妃廟】

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五妃廟前の店で、「豆腐プリン」をいただく。パイナップルソースとかき氷もたくさん載っていて、1品で2度楽しめた。
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歩いて「孔子廟」へ。ユーモラスな楽器や、飾りがある。
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「黒松沙士」。台湾版ドクターペッパーだが、好き嫌いは分かれる。個人的には、台湾の「名物」だと思っている。
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また街並みを見ながら、歩いて「禄記包子」へ。ここは以前も行ったことがあるお店で、友人にも食べて欲しかったので連れてきたのだが、肉包(肉まん)は売り切れ。水晶餃しかなかったが、それでも美味しかった。
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夕飯を済まし、台南站から在来線で「沙崙站」に向かう。高鐵台南駅との接続駅だ。無料バスも出ているのだが、にわか鉄道マニアになって、あえて電車で行くことにした。

「駅名が『沙崙』となっているのは、在来線の『台鐵』と新幹線の『高鐵』の意地の張り合いなのではないだろうか」などと話しているうちに、沙崙站に到着。高鐵台南駅に乗換え、台湾新幹線を使って無事に台北に着いた。
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# by hacchi2007 | 2012-10-24 21:46 | 旅行

台湾旅行2012・その3(台湾煤礦博物館、十分瀑布、礁渓温泉公園、鬍鬚張魯肉飯)

【8/5(日)】

十分老街で取った昼食「鶏絲麺」。名前の通り、鶏がらスープにそうめんの様な細い麺が入っている。具は香菜のみ。あっさりしていて、美味しい。
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平渓線の十分車站(駅)から10分ほど歩いてゆくと「台湾煤礦博物館」がある。ここは石炭の博物館という、珍しい所だ。
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受付で入場料200元(約540円)を払い、しばらく待っていると、車で石炭鉱山跡まで運んでくれる。展示物もあるのだが、まず電動トロッコに乗せてくれた。車体に「ニチユ」の文字が見える。
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走っているところ。スピードはゆっくりしているが、鉄道の様に「ガタンゴトン」と揺れる。
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後でガイドの人から聞いた話だが、トロッコが廃止になりそうなとき、日台の鉄道愛好家が募金を募り、保存できたそうだ。どこの国にも鐵道マニアはいて、しかも熱い・・・。

トロッコから降りて、内部や炭鉱を掘っていた人の装備を見せてもらう。写真は坑道の様子。
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施設を見せてもらった後、再び車で受付に送ってもらった。ここからさらに20分ほど歩いて、「十分瀑布」に向かう。途中のつり橋。
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日本では考えられないことだが、線路内も歩ける。
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十分瀑布は自然が作ったものなのに、入場料80元(約216円)を取られる。その様子。
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歩いて十分車站まで戻り、平渓線と在来線を乗り継いで、温泉の町「礁渓」に向かう。各駅停車に乗ったので、何度も特急の通過待ちに遭い、礁渓に着いたのは夜になってしまった。
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最初、ガイドブックに載っていた礁渓温泉公園内にある、無料の公共温泉場に行ってみた。しかし、そこは油や洗剤の泡が浮いていて、とても入る気にならなかった。そこから少し離れた、80元で入れる有料の温泉に入ることにした。

ここは日本式に裸で入ることができ、しかも清潔だった。泉質も、肌がすべすべになる気持ちのいいものだった。

帰りは電車より早く葛瑪蘭(カマラ)バスで台北に帰ることにした。運賃は104元(約2808円)。
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車内で飲むビールのお供「茶葉蛋」。ゆで卵にひびを入れて、さらに調味料を混ぜたお茶で煮たもの。好き嫌いはあるが、台湾の名物(酒やつまみはコンビニで購入した)。
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約1時間で台北市内に到着し、夕飯を取るため友人と共に「寧夏路夜市」に行った。しかし、屋台の店はどこも混雑していて、落ち着いて食事をするために「鬍鬚張魯肉飯」(ひげちょうるうろうはん。)」に入った。ここは日本にも店を出していて、友人も食べやすいと思ったからだ。

名物の魯肉飯(豚肉そぼろ掛けご飯)、もやし炒め、豚足の煮込み。
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デザートのきくらげ(?)と木の実のシロップ掛け。
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これだけ1人当たり151元(約407円)だった(ビールを注文したか、失念)。鉄道に温泉、グルメが満喫できた1日だった。
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# by hacchi2007 | 2012-10-09 19:51 | 旅行

台湾旅行2012・その2(平渓線、菁桐、十分老街の天燈)

【8/5(日)】

友友大飯店」の朝食。バイキング方式で、台湾だけに味は美味しい。しかし、紙皿・・・。
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今日は平渓線という、台湾北部にあるローカル線に乗ることにした。一緒に行った友人が鐵道マニアなのと、自然が豊かな所らしいからだ。

台北駅で、SL機関車が展示してあった。台湾にも「鐵」はいるようで、他にも数名が写真に収めていた。
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表示版には「日本が車両を製造した」と書いてある。
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台北駅構内。
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在来線(台鐵)窓口で「瑞芳」までの切符を買った。地図では「三貂嶺」で平渓線に分岐していたので、そこまで買うつもりだった。しかし、日本語のできる駅員さんから「平渓線は瑞芳から始まる。三貂嶺は小さいので、列車が止まらない」と説明を受けたので変更した。

窓口に向かって右側にある別の窓口で「平渓線1日乗車券」を購入した。これは、瑞芳車站でも販売していたので、このとき買う必要はなかった。

乗り込んだ列車。夏休みだったのか、学生が多く乗り込んでいた。途中まで、2人とも立っていた。
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「瑞芳」到着。時間があったので、街に出てぶらぶらしていた。目に付いた、新北市議の看板。
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時間になったので、瑞芳車站(駅)から平渓線終点の「菁桐」に行く列車に乗り込む。列車が鉄橋を走ると、眼下に渓流が見えた。

写真は菁桐で撮影。奥に、上から列車に石炭を落とす施設が見える。元々、平渓線は石炭を運び出すための線路だった。
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菁桐車站付近の様子。古くて、味わいがある。駅近くでは、鐵道グッズを売る店が数件あった。鐵道マニアの女性=「鐵子」らしき人達もいた。
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列車で折り返し、「十分」に戻った。ここは「十分老街」という、線路脇に店が建っている珍しい街だ。驚いたことに、誰でも線路内に立ち入ることができて、熱気球のような提灯「天燈」を飛ばしていた。
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天燈の色によって、健康運や金銭運という基礎的な運気向上の願いがあり、具体的な願い事は筆で書くようだ。爆竹が派手な音を鳴らしながら、天燈は空高く飛んで行った。
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# by hacchi2007 | 2012-09-30 22:18 | 旅行

台湾旅行2012・その1(エバー航空、水美温泉会館、友友大飯店、京鼎樓、アニメイト)

【はじめに】

台湾は、東日本大震災の際に総額で200億円もの寄付金を送ってくれた「超」親日国である。また、中国の活動家が尖閣諸島に向かう途中、台湾に寄港したいと申し出たが、拒否した。

しかし、これらの事はテレビでは報道されないどころか、9月23日のNHKでは台北での反日デモが報道された。

この拙文をきっかけにして、実際に台湾に足を運び、御自身の目で「台湾」を見て頂ければ幸いである。

99年のお返し…台湾が「世界一」支援 義援金200億円に ― スポニチ Sponichi Annex 社会

【尖閣上陸】台湾は対日配慮 中国と一線、漁業交渉再開視野か+(1/2ページ) - MSN産経ニュース

【8/4(土)】

2年ぶりの台湾。普段は1人で、ふらりと台湾に旅行に行っていたが、今回は友人と2人で行くことにした。台湾に関心を持つ日本人が増えてくれて、心底嬉しい。

航空会社は、エバー航空。初めて利用するが、エコノミークラスでも機内から電話やメールが有料でできるらしい。時代の変化を感じた。
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昼食はカツ丼で、しかも玉子が半熟。ハーゲンダッツ付き。繰り返すが、エコノミークラス。
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台湾の桃園国際空港に到着。出国手続きは、日本並に簡単に終わった。大有バスに乗り、圓山で降りた。そこから捷運(地下鉄)に乗り換え、新北投站(駅)で下車。まずは温泉に浸かるのが目的だ。

歩いて瀧之湯に向かうが、閉館していた。一時的なものなのか分からないが、土曜日に休みとは珍しい。2人であちこち歩くが、温泉が沢山あり、迷ってしまった。直感で「水美温泉会館」に入ってみた。

立ち寄り湯で入浴できるかと受付の人に聞いてみたら、日本語で「できます」。日中に2人連れなら、1人当たり400元(約1,080円)で時間制限なし、サウナも使えて裸で入れるとのことだった。瀧之湯は1人90元だったが、近くの温泉に入れる公園はずっと安いが、時間制限あり、サウナなし、水着着用だったので、ここにした。

入ってみると、日本語の案内文があり、従業員も日本語で「こちらです」と案内してくれた。もう1つ温泉公園よりも利点があり、浴槽は建物の上階にあるので眺めが良かった。浴槽も日本の大浴場の様に広く「温泉気分」を満喫することができた。

再び新北投站に戻り、雙連站で下車。歩いて今回の旅の宿「友友大飯店」」に到着。ホテルのウエブから、ツインで3泊4日朝食付きを直接予約したら、6,600元(17,820円)。我ながら安いと思ったので、1人当たりの金額かと心配していたが、1部屋の値段だった。

フロントの人は、日本語ができた。ホテルの作りは、日本のビジネスホテルと同じ。ネットで書かれていた「壁が薄くて廊下の人の話し声が聞こえる」は、自分が泊まったときには確認できなかった。

夕食を取りに、歩いてすぐの近くの「京鼎樓」に向かう。ここは小籠包の有名店。

酒のつまみの、蒸し鶏の紹興酒漬けと野菜の漬物。
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主役の、小籠包と烏龍茶入りの小籠包。鼎泰豊のような芸術的な皮の薄さではないが、スープの旨みは引けをとらない。しかもお値打ち価格。
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紹興酒丸々1本と、奥に見えるのは台湾のソーセージ。
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シメのチャーハンと豆菜(?)の炒め物。
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これにビール数本つけて、1人当たり970元(約2,619円)。

この後「台湾における日本文化」を見に行くため、台湾の原宿とも「アキバ」とも言われている西門町に移動。

ガイドブックで「オタクビル」と紹介されていた「萬年商業大樓」に行ってみた。しかし、日本の漫画が置かれている店があるのは1フロアで、あとはファッション店やゲームセンターだった。
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歩いて「アニメイト 台湾旗艦店」に移動。ここでは予想通りに、翻訳された日本の漫画やアニメのグッズ、ゲームが並べられていた。しかも、翻訳されていない日本語の本もあった。どれだけの日本人が、台湾の北京語(台湾の公用語)を読めるかと考えると、台湾人の親日ぶりを改めて実感した。
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# by hacchi2007 | 2012-09-30 22:11

気仙沼ボランティア旅行(7)

【5/6(日)】

今日は自分にとってのボランティア最終日だが、天気は曇。「気仙沼復興協会(KRA)」に来たものの、集まった人たちはずっと少なくなった。それでもお伊勢浜に移動し、清掃活動を行った。

今回の場所は、以前とは少しはなれた場所で、堤防の側だった。船が泊められる場所にも近い。ここでは「大物」はなく、ひたすら小さなゴミを拾った。
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特に発泡スチロールは手で持っただけでバラバラになり、厄介だった。それでも、スタッフの人が草木にまとわり付いた発泡スチロールを、バケツに汲んだ水に浸けることで分離した。手馴れている。

昼食休憩を取った後、作業を開始してからしばらくして「大雨・竜巻警報」が出てしまった。念のため、スタッフに「気仙沼に竜巻が発生することはあるのか」と聞いたところ「ないです」。それでも「安全のため」作業は中止になってしまった。

向かって右側が作業した所、左側が手付かずの所。浜全体に比べればわずかなものだが、違いがはっきりわかると嬉しい。
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皆で集めた「成果」。
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その日の様子はこちらからも見ることができる。

5/5~6 浜の清掃ボランティア 活動報告 | 気仙沼復興協会 -KRA- 公認ホームページ

帰りに、浜のすぐ近くにあるごみ収集所に立ち寄った。親切な人が、車を出してくれたから行けた。膨大な量の瓦礫を見ていると、やはり「震災ガレキは、習志野市でも受け入れなくてはならない」
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寶屋旅館に帰って、歩いて「気仙沼ホテル観洋」の温泉に行った。何度入っても気持ちがいい。ホテルを出てから港の側を歩いていたら、満潮なのか道が水没していた。
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5月の時には、復興には程遠い気仙沼だった。しかし、美味しい海産物や料理法があり、愚痴を言わずに働く市民がいる。気仙沼は必ずお土産のTシャツの通りになると確信した。
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「負げねぇぞ 気仙沼 美しい港町 気仙沼は かならず復興します」
(完)
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# by hacchi2007 | 2012-07-05 23:28 | 旅行

気仙沼ボランティア旅行(6)

【5/5(土)】

今日は朝から晴れ。しかも、多くのボランティアの人達が、「気仙沼復興協会(KRA)」に集まってくれた。さっそくお伊勢浜に移動し、清掃活動を行う。
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力のある人は、ハンマーで流れ着いた堤防の破片を砕き、細かくしてから運んだ。自分もこのチームの1人。また、浜に潜り込んだロープや網を掘り起こして取り除いたり、集められたゴミを分別する人もいた。

作業は順調に進み、昼食休憩になった。親切な方から、モンカフェ(コーヒー)をご馳走になったりもした。
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午後からも、同じ作業を繰り返す。午後3時に終了時間になり、帰る前に皆で慰霊碑に線香をあげ、黙祷をした。

今回の「成果」。
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瓦礫の山
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その日の様子はこちらからも見ることができる。

5/5~6 浜の清掃ボランティア 活動報告 | 気仙沼復興協会 -KRA- 公認ホームページ

気仙沼復興協会に戻ってから、仲良くなった人達と、今日のことや、これからの予定を話し合った。多くの人は6日に、丸1日掛けて帰るとのこと。それゆえボランティア活動は今日で最後になり、名残を惜しんだ。

バスを使って宿(寶屋旅館)に荷物を起き、歩いて「気仙沼ホテル観洋」の温泉に浸かることにする。気分よく湯船に入り、上がった後の夕食は気仙沼復興商店街のお寿司屋「あさひ鮨」で取ることにした。当然だが、新鮮な魚介類を美味しく食べることができ、上機嫌で店を出た。

帰り道、たまたま開いていた酒屋さんで「雪っこ」を買うことができた。このお酒を造っている酔仙酒造は、津波で壊滅的な被害を受けたが、「瓦礫の山から突き出した鉄骨に酔仙の樽がぶら下がっているのを見つけ」復興を誓い、見事に成し遂げた。

復興の意志 | 酔仙酒造株式会社
飲んでみると白酒の様にとろりとしているが、アルコール度数は日本酒としては強烈な20%。それでも甘い香りが漂ってくる。東北人の強さを感じさせた酒だった。
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(写真には「別格」という、角星の酒も写っているが、こちらもいい香りのする酒)
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# by hacchi2007 | 2012-07-05 23:08 | 旅行

気仙沼ボランティア旅行(5)

【5/4(金)】

今日は朝から大雨。ボランティア受け入れ団体の「気仙沼復興協会(KRA)」から、親切にも「中止」の連絡が入った。

午前中は宿でじっとしていたが、午後から小雨になったので、3日前に行った大島の北側を見に行くことにした。

歩いて港まで向かい、フェリーに乗り込み、大島到着。大島の港から亀山の山頂を目指す。普段ならリフトで楽に登れるそうだが、今は休止。歩いて急な坂道を登る。

まずは大島神社に参拝。1,000年以上の歴史を持つ、由緒ある神社だそうだ。
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亀山山頂。歩いても、1時間もしない。「気仙沼」という名前の通り、海には気=霧が立ち込めていた。神秘的な風景。
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山を降りて、北部をあちこち歩き回る。途中、ガレキの山も見かけた。
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十八鳴浜(くぐなりはま) に立ち寄った。津波のせいか、鳴き砂の浜はなくなってしまっていた。
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帰りのフェリーに乗り込み、港を見てみると、島の人たちが「絆」と書かれた旗を振って見送ってくれた。もっと観光客を受け入れるために「震災ガレキは習志野市でも受け入れなくては」と思った。ガレキの山が見えるままでは、観光客も遊びに来にくいだろう。
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夕飯は、気仙沼復興商店街の「とんかつ勝子」で、とんかつ定食を頼んだ。ビールのつまみに酢の物を頼んだら、貝や魚の切り身を酢で締めたものが出てきた。さすが海の街、気仙沼。とんかつは、肉が分厚く切ってあり、十分に食べ応えがあった。
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# by hacchi2007 | 2012-06-25 19:10